2021年8月7日

町歩きもオススメ

20210806

前回は、京都を訪ねるのであればエリアや移動のしやすさで目的地を絞るのではなく、テーマで行く場所を考えると面白いのではないかとのブログを書きました。
今回はそれとは正反対で、場所を絞って町歩きをしてみたらどうかとの提案です。

京都をぶらぶら

ぶらぶら

最近テレビの旅番組などでも徒歩で町を紹介するような内容が結構増えてきてませんか?
でも実際に行ってみると、結構エリアが広かったりして徒歩だけではまわれないような範囲の場合も多いようです。
しかし京都ではそんなことは心配無用です。
少し歩くだけでいろいろ発見できるものが盛りだくさんなのも、1200年の歴史都市ならではの楽しみです。

前のブログでお伝えした夏終盤の地域行事「地蔵盆」が終わると、暑い盆地の町とはいえ朝夕を中心に過ごしやすくなってきます。
9月になれば少しは世間の状況も落ち着くでしょうし、町歩きであれば観光地で大混雑ということもないので、今年の秋は京都の町歩きがいいかもしれません。

ANA・JAL株主優待券販売日記で京都に滞在するときは、比較的町の中心部で宿泊するようにしています。
交通の便が良いのが一番の理由ですが、もう1つの理由が町歩きです。
夕方食事前や朝少し早く起きた時など、周辺を散策すると思わぬ発見があったりしてとても贅沢な時間が過ごせます。
何を目的に散策するかですが、ANA・JAL株主優待券販売日記のオススメは基本的に街をぶらぶらするだけです。
でも少し歩くだけでも石碑があったり、昔の誰かの邸宅や藩邸、ガイドブックには載らないような小さいお寺、気になるお店や飲食店、和菓子屋・・・いろいろなものが目に入ってくるはずです。
以前は気になるモノを見つけてもそれが何なのかが分からないことも多々ありました。
今は携帯を使いその場ですぐに調べられるので町歩きも以前より格段に楽しいものになりました。
そんな街歩きの楽しい町京都で、まず誰でもが簡単にトライできる場所をご紹介します。

京都の中心部を歩く

二条城

ちょうど京都の中心部で御池通りというところがあります。
この御池通りは以前の「山鉾巡行」でご紹介した有料観覧席が設けられる通りでもあり、市役所もこの通りに面している京都市内ではかなり大きな通りです。
通りそのものは拡幅されたりしていてマンションが立ち並んでいるので、それほど歩いていて楽しいわけではありません。
それでもまず最初にここを当サイト販売のANA・JAL株主優待券番号通知ご利用の皆様にオススメするのは、御池通りを歩くとそれと交差する通りの説明が書いてあるからです。
京都市のサイトに御池通りの「辻標(つじしるべ)」として画像が掲載されていますが、そこの説明が添えられています。
京都市の公式サイトの「辻標(つじしるべ)」はこちら

旧平安京は元々は今の町より西に中心を貫く朱雀大路があり、それを境に東が左京で西が右京に分かれていました。
ところが西の右京は湿地が多く、都市の形成には不十分だったのでだんだんと西部は廃れて、町は東に向けて発展していくことに。
その為、私たちが一般的に思い浮かべる京都の古い町もこの御池通りと交差する通りの解説が書かれているあたりが中心となります。
まずスタート地点は有名観光地の二条城付近。
ここから東の方に歩いていくと、おおよその昔の通りの歴史を把握することができます。

それでは有名な観光地である二条城からスタート。
少し歩いていくと説明板に豊臣秀吉の名前が何度か出てくるのに気が付くと思います。
交差する道路の大よそ2つに1つは、実は豊臣秀吉の命でつくられた道路です。
御池通りが東西の通りなので、南北の通りということになります。
京都はよく碁盤の目と言われますが、今の中心部のかなりの範囲である府庁や市役所のあたりは短冊形。
東西の道路の間隔の方が広くなっています。
ANA・JAL株主優待券販売日記が京都の町歩きに興味を持つようになったのはここからです。
この豊臣秀吉が作った道はほとんどが御池通りより1~3筋程南に行ったあたりで途切れます。
つまりそこより南側は碁盤の目になっているということです。
これだけなら単純にそれ以上南に道路を広げる予算がなかったのかで終わりですが、何度か町歩きをしている間にあることに気が付きました。

京都と秀吉

秀吉

少し前にANA・JAL株主優待券日記でご紹介した祇園祭の山鉾が、大よそですがこの途切れるあたりから南側に建ちます。
つまり秀吉が作った町よりも南側ということになります。
最初はただの偶然かと思っていました。
ある時に町のことに詳しい方にお聞きする機会がありました。
その方の説明では、応仁の乱以前は今よりも北の方にも山鉾が建てられたとのことでした。
応仁の乱で町は壊滅的ダメージを受けますが、今の山鉾があるあたりとずっと北の方は比較的被害が少なかったようです。
その間に挟まれた今の京都の中心部は壊滅的で、その為そこの商家や鉾も全滅状態に。
そのエリアが全滅状態になったことで、道も作りやすいことに目を付けた秀吉が新たに開発することで復興にもつながったというわけです。
ただ山鉾建造や維持の中心となる町衆は商業の中心の南の方へ移ってしまい、そこまでの財力のある者がなかなか出てこなかったため山鉾は廃されたままだということです。
ある意味では、今も続く祇園祭の山鉾町は秀吉の力も遠慮する存在だったのかもしれません。

いかがでしたでしょうか?
少し歩いてみるだけで、まったく観光地でもないところからでもこれだけの話が出てくる町が京都です。
次回のANA・JAL株主優待券販売日記ではもう1つの町歩きのオススメをご紹介いたします。

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