2026年9月25日
赤城神社から東京大神宮へ――神楽坂の路地と昭和の記憶を歩く

神楽坂の「今」と「昔」を歩く

神楽坂というと、皆さんはどんな街を思い浮かべるでしょうか。石畳の路地、料亭、フレンチやイタリアンのおしゃれなレストラン……。私自身、これまで神楽坂には「ちょっとおしゃれで都会的な街」というイメージを持っていました。ところが、今回あらためて歩いてみると、その印象が少し変わりました。
もちろん、おしゃれなお店はたくさんあります。一方で、昔ながらのお店も残っています。決して「都会化された街」というだけではありません。昔ながらの暮らしの風景と、新しいお店が自然に混ざり合っているのです。そんな神楽坂の「今」と「昔」を感じながら、歩いてみました。
今回のコースはこちらです。
赤城神社→神楽坂通りを下る→毘沙門天・善國寺→兵庫横丁→かくれんぼ横丁・芸者新道
→飯田橋・富士見町教会→外濠公園→東京大神宮
◆映画やドラマのヒット祈願も――赤城神社
今回の散歩は赤城神社からスタートです。
東京メトロ東西線の神楽坂駅1b出口を出ると、赤城神社はすぐ目の前。徒歩1分ほどという便利な場所にあります。
これまで神楽坂駅を利用することはあっても、この出口を利用することはほとんどありませんでした。今回、初めてゆっくり訪れてみると、駅前とは思えないほど静かな境内が広がっていました。
伝承によれば、創建は1300年と伝えられています。上野国(現在の群馬県)の赤城山麓から赤城神社の分霊を勧請したのが始まりとされ、その後、何度か場所を移し、1555年に現在の場所へ遷されたと伝えられています。
江戸時代には徳川幕府から「牛込の総鎮守」とされ、神田明神、日枝神社とともに「江戸の三社」と称されたこともありました。つまり、現在の神楽坂周辺だけでなく、かつての牛込一帯の人々にとって、地域を守る大切な神社だったわけです。
さらに興味深いのが、現在の姿です。2010年に「赤城神社再生プロジェクト」が完了し、建築家・隈研吾氏のデザイン監修によって、社殿などが現代的な姿に生まれ変わりました。
長い歴史を持つ神社でありながら、ガラスなどを取り入れたモダンな建築は、現代の神楽坂にも自然に溶け込んでいます。そして、今回特に目に留まったのが、境内に並んでいたたくさんの木札です。

映画・ドラマのヒット祈願の木札
よく見ると、映画やドラマなどのヒット祈願や撮影安全を願ったものが並んでいます。
神社というと、どこか厳かな場所というイメージがありますが、赤城神社には映画やドラマ、さらには地域の文化活動ともつながる、現代的な一面もあります。
長い歴史を守りながら、新しい文化も受け入れている。そんなところも、今の神楽坂に似ているのかもしれません。
◆坂を下ると、そこには下町の風景が
赤城神社を後にして、神楽坂通りを下っていきます。
神楽坂というと、石畳の路地や高級な飲食店を思い浮かべがちです。ところが実際に歩いてみると、八百屋さんがあったり、食料品店や惣菜屋さんがあったり。地元の人が普段使いする店も少なくありません。
その一方で、おしゃれな雑貨店やカフェ、フレンチ、イタリア料理店なども並んでいます。この「昔ながらの街」と「新しい街」が混在しているところが、神楽坂の面白さなのでしょう。ガイドブックだけでは分からない、実際に歩いてみて初めて感じる街の表情があります。
◆神楽坂のシンボル、毘沙門天・善國寺
坂を下っていくと、神楽坂のシンボルともいえる毘沙門天・善國寺が見えてきます。

毘沙門天・善國寺
善國寺は1595年に創建された日蓮宗の寺院で、現在の神楽坂へ移ったのは1793年。江戸時代から、この地で多くの人々の信仰を集めてきました。
ご本尊は毘沙門天。七福神の一人としても知られ、開運や厄除け、福徳の神として信仰されています。神楽坂の通りを歩いていると、自然と目に入ってくる善國寺。長い歴史を持つこの寺が、今も神楽坂の街の中心にあることを考えると、街の発展と信仰がともに歩んできたことが感じられます。
路地の先にあった昭和

◆一本路地に入れば、そこは別世界
善國寺を過ぎたところで、神楽坂通りから一本路地へ入ります。ここからが、神楽坂散歩の楽しさです。まずは兵庫横丁。
細い石畳の道と昔ながらの建物が並び、表通りとはまったく違った空気が漂っています。そして、ここで思いがけない「昭和の記憶」に出会いました。
1970年代のテレビドラマ「俺たちの旅」です。田中健さん演じるオメダこと神崎隆夫の実家が神楽坂にあったことは、ドラマを知る人にはよく知られています。今回歩いていて、「もしかして、これでは?」と思う建物を見つけました。
もちろん、私の記憶違いかもしれません。確証もありません。でも、もし本当にこの建物だとしたら……。「ここに、あのドラマの世界があったのか」そう思うと、なんとも感慨深いものがあります。
街は少しずつ姿を変えていきます。新しいビルやお店ができても、昔の路地や街の記憶は完全には消えていません。
神楽坂を歩いていると、現在の東京を見ながら、若かった頃の東京を思い出すことができました。続いて向かったのが、かくれんぼ横丁と芸者新道です。

かくれんぼ横丁・芸者新道
名前の通り、細い路地が入り組んでいて、歩いているだけでも少し探検をしているような気分になります。「この先には何があるのだろう」そんな気持ちで路地に入っていく。大通りを歩いているだけでは分からない神楽坂の魅力が、ここにはあります。
◆「田中角栄が関係している?」神楽坂の一方通行
神楽坂を歩いていると、道路についても面白い話があります。神楽坂通りは、時間帯によって一方通行の方向が変わります。
午前中は坂を下る方向、午後は坂を上る方向へと切り替わります。そこで昔から語られているのが、「田中角栄元首相が国会へ行く時と帰る時に合わせて、一方通行の方向を変えた」という話。いわゆる「田中角栄伝説」です。もちろん、これはあくまで伝説。
実際には、午前と午後で交通量が大きく異なることなどを理由に、この方式が採用されたとされています。牛込警察署への取材でも、田中角栄氏に合わせて決めたという記録は確認されていないそうです。それでも、「なぜ一方通行の方向が時間によって変わるのだろう?」と思いながら歩くと、いつもの道路まで少し面白く見えてきます。
東京の街には、このような「本当かどうか分からないけれど、昔から語り継がれている話」があります。こうした話を探しながら歩くのも、街歩きの楽しみの一つです。
◆飯田橋には歴史ある教会も
神楽坂の路地を抜け、さらに坂を下っていきます。やがて神楽坂通りは、外堀通りと交わる神楽坂下交差点に出ます。
ここまで来ると、それまでの細い路地や商店街の雰囲気から、飯田橋駅周辺の開けた街並みへと景色が変わってきます。学生時代から社会人になっても何度も通った、私にとっては馴染みのある道です。
江戸城の牛込見附跡の石垣を眺めながら歩いていると、富士見町教会が見えてきます。

富士見町教会
富士見町教会は1887年創立という長い歴史を持つ教会です。神楽坂周辺というと、神社や寺、料亭などを思い浮かべますが、こうして歩いてみると、キリスト教の歴史もこの街に刻まれていることが分かります。
神社、寺、教会。異なる文化や宗教の歴史が、これほど近い場所に共存していることも東京の面白さです。今回は中に入ることはできませんでしたが、次回訪れるときには、ぜひゆっくり見てみたいと思います。
◆都心にこんな緑が――外濠公園
さらに歩いて、外濠公園へ向かいます。

外濠公園の遊歩道
大きなビルや飲食店が立ち並ぶ飯田橋周辺から少し歩くと、景色が一変します。外濠沿いに、緑豊かな遊歩道が続いているのです。「飯田橋駅付近に、こんな公園があるんだ」これが率直な感想でした。
木々に囲まれながら歩いていると、先ほどまでの街のにぎわいが少し遠く感じられます。ただ、残念だったのはベンチが少ないこと。これだけ気持ちのよい遊歩道なら、途中で腰を下ろして外濠を眺められる場所が、もう少しあればいいのにと思いました。
それでも、神楽坂の路地を歩いたあとに外濠公園を歩くと、気持ちがすっと落ち着きます。
「東京のお伊勢さま」で締めくくる神楽坂散歩
◆最後は「東京のお伊勢さま」東京大神宮へ
外濠公園を後にして、今回の散歩の最後の目的地、東京大神宮へ向かいます。
東京大神宮は、1880年に東京における伊勢神宮の遥拝殿として日比谷に創建され、現在は「東京のお伊勢さま」として親しまれています。境内に入ってみると、平日だというのに若い女性がたくさんいます。そして、おみくじを求める列までできていました。
「平日なのに、なぜこんなに?」と思いましたが、その理由の一つが「縁結び」です。東京大神宮は、一般の人々に向けた神前結婚式を創始し、その普及に力を注いだ神社としても知られています。そして現在も縁結びの神社として多くの人から信仰されています。
境内には恋愛にまつわるおみくじもあり、若い女性たちに人気なのも納得です。
◆私にとって特別な「東京のお伊勢さま」
そして、今回の東京大神宮には、私自身にとってもう一つ特別な意味がありました。今年、私はご縁があって、伊勢神宮の「お木曳」に参加しました。式年遷宮に向けて御用材を神宮へ運び入れる、大切な行事です。

伊勢神宮のお木曳
実際に自分が伊勢でお木曳に参加した経験があるだけに、今回「東京のお伊勢さま」と呼ばれる東京大神宮を訪れたことは、何とも不思議なご縁を感じるものでした。伊勢神宮と東京大神宮。場所は違っても、こうしてつながりがある。
今年、自分が参加したお木曳を思い出しながら境内を歩くと、いつもの神社巡りとは少し違った気持ちになりました。
◆神楽坂は「寄り道」が楽しい街
今回の散歩を振り返ると、神楽坂には実にさまざまな表情がありました。神社、寺、商店街、石畳の路地、昭和のテレビドラマ、道路にまつわる都市伝説、教会、外濠の緑、そして最後は「東京のお伊勢さま」。
一日の散歩の中で、これほどいろいろな東京に出会えるとは思っていませんでした。
神楽坂は、単なる「おしゃれな街」ではありません。新しいものと古いもの、都会と下町、にぎわいと静けさ。それらが自然に混ざり合っていることこそ、神楽坂の魅力なのだと思います。
神楽坂を訪れたら、ぜひ大通りだけでなく、一本路地に入ってみてください。気になった店をのぞき、昔の東京を思い出し、街にまつわる噂に耳を傾ける。目的地を急いで目指すのではなく、あえて寄り道をする。そんな歩き方が、この街にはよく似合います。
曲がった先に何があるのか分からない。その小さなワクワクこそ、神楽坂散歩の醍醐味なのかもしれません。
◆おすすめランチ
神楽坂を歩いていると、とにかく飲食店が多いことに驚かされます。和食、フレンチ、イタリアン、中華、カフェなど、実にさまざまです。
「イタリアン」と検索してみると、半径100メートルほどの範囲に何軒ものお店が表示されるほどです。そんな中、今回はなぜか「神楽坂=和食」というイメージがあり、口コミでも評価の高い蕎麦店を訪れてみました。それが「石臼挽き手打 蕎楽亭」です。

蕎楽亭のランチセット
11時半過ぎに訪れたのですが、すでに店内にはたくさんのお客さんがいました。そして、食事を終えて店を出た12時頃には、すでに待っているお客さんの姿も。
蕎楽亭は、会津産の蕎麦を石臼で挽いて打つ、本格的な手打ち蕎麦で知られる店です。ミシュランガイド東京にも掲載されたことのある名店です。
今回いただいたのは、「こづゆ」が付いているランチセット「ざるとこづゆ」。蕎麦は細切りで、しっかりとしたコシと歯ごたえがあります。口に運ぶと、蕎麦の豊かな香りがふわっと広がりました。「これはおいしい」そう思っているうちに、あっという間に完食してしまいました。
「こづゆ」は会津地方の郷土料理で、干し貝柱のだしを使った具だくさんの汁物だそうです。細く香り豊かな蕎麦との相性もよく、蕎麦とはまた違った味わいを楽しむことができました。最後にいただいた蕎麦湯も印象的でした。トロッとした濃厚な蕎麦湯で、蕎麦の風味もしっかりと感じられます。
蕎麦そのもののおいしさはもちろん、こづゆ、そして最後の蕎麦湯まで、蕎麦の魅力を存分に味わうことができました。神楽坂を歩いた途中に、こんな一杯に出会えるのも街歩きの楽しみ。
「歩いて、見て、発見して、そしておいしい食事と出会う」――神楽坂は、そんな楽しみ方のできる街なのだと思います。
東京散歩の様子はInstagramでもご覧いただけます。


